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「ポスト大学生」制度による新たな挑戦の実現―納得感のあるキャリア形成に向けて―

1 はじめに

 「とりあえず大学院に進学するよ。」文系学生が就職活動解禁を前に焦りを感じる中、理系学生がしばしば口にする発言だ。工学部で機械工学を学んでいた私も例外ではない。入学当初からなんとなく進学を前提としていた。3年生の夏にふとこれまでを振り返ってみた。必修だから履修したアジアの歴史の講義では自分の価値観が儒教的な思想に基づいていることに気づき面白さを感じた。留学生との交流を通じて考え方の違いを知り視野が広がった。書店でビジネス書を手に取ってみるとビジネスのスケールの大きさに驚いた。大学主催の工場見学ではどの工程も迫力満点で感動した一方、その管理は理論に基づき緻密に行われており大学での学びが活きていることを知った。こうした多くの気づきを経て、とりあえず進学することに疑問を感じていた。ひょんなことから所属している大学院を知った。直観的にこれだと思った。間違った選択ではなかったが安直な選択だった。じっくりと自分の興味関心や適性と向き合った上で納得感をもって進路選択をするべきであったと思う。こうした私自身の体験から本稿の提言は生まれた。

2 「流される大学生」には4年間は短い

 四年制大学では1年生では一般教養を中心に学ぶ。また、専門科目を初歩的なものから学び、集大成として卒業論文を仕上げる。大学入学当初、学生は高校生の延長線上におり受動的な「生徒」状態を継続している(1)。「生徒化」している大学生は他律性と依存性を特徴としており(2)与えられるものをこなしていくだけであるため、いまひとつ学問の面白さを理解できない。なんとなく毎日に物足りなさを感じ、サークル活動やアルバイトに励みながら毎日を楽しむことを重視する。多様な価値観と触れることで新たに自分の適性や興味関心に気づきこれまで見向きもしなかった分野の本を手に取るといったことが起きる。この過程で「生徒」を抜け出しつつ興味関心の幅が広がると共に思考力や洞察力が養われていく。それに加えて研究を始めてみるとこれまで薄れていた自分の専門分野の面白さも再発見する。こうして面白いと思えるものが多くあることに気づき自分の歩むキャリアの選択肢が増えていく。しかし、その頃には就職活動解禁の号令がかかろうとしているのだ。理系学生であれば進学か就職の選択をしなければならない。ゆっくりキャリアを考える時間が欲しいからと言って休学するにも就職の時には不利に働かないのだろうかという不安が頭をよぎる。このように大学生の多くが環境や出来事に強く影響を受けて周囲に流されている現状がある。
 マイナビの2017年卒学生を対象に行った調査(3)では「なにがなんでも就職したい」と87.6%が回答した。就職に対する焦りと執着を感じる大学生の姿が読み取れる。その結果、強引に決めた就職先でミスマッチに悩むことも多く、厚生労働省(4)は平成24年3月新規学校卒業者が3年以内に離職した比率は32.3%に達すると報告している。また、多くが進学する理系学生もその進学理由は「興味を深めたかった」と52.3%の学生が回答する一方で「進学が当たり前だと思った」が41.9%に上り、能動的に自身のキャリアを考えているとは言い難い(5)。取材をした理系大学院生からは「進学するにしても一度は社会のことを知るべきだった」という反省の声も挙がった。
 単に現代の日本の大学生の考え方が甘い、時間の使い方が下手であるという結論で片付く問題ではないと思う。過去を振り返りあの時もっと勉強しておけばよかった、もっと違う世界に飛び込んでみればよかったという後悔は世代関係なく聞く声である。卒業後に自分探しのために長期間旅行をする北欧諸国と比べると大きな相違がある。頻繁に価値観を変化させながらも時間を費やすべき進路選択には時間をとれない「流される大学生」に対して、キャリアを見つめ直し新たな挑戦をできる環境を整えるべきだと考える。こうした背景から本稿では「ポスト大学生(Post Bachelor、以下PB)」制度の導入を提案する。

3 「ポスト大学生」制度の構想

 ドイツにはAusbildung(アウスビルドゥング)制度という働きながら専門学校に通う制度がある。日本の高卒に相当する人が就職を前にこの制度を利用してスキルの習得を図る。そして公的にその認定を得ることで社会的な信用を獲得することができ、就職の助けとなるそうだ。本稿でもこうした社会的な信用を得つつ自身のキャリアデザインを行える制度を提案したい。公的な認定を保証することでなかなか踏ん切りが付かない「流される大学生」の心理的不安を低減することができるはずだ。具体的には、学士取得後の就職あるいは大学院進学前の期間に「ポスト大学生(PB)」という新たな学生の身分を設けることから始まる。学部卒業前の時点でのキャリアの考え方や興味関心、PB認定後の活動計画等を踏まえて面接や書類で審査と認定を行う。このPBの期間に在学していた大学を離れ、例えば留学やインターンを行い、未知の世界と交わる。こうした中で自分の興味関心を新たにみつけたり、あるいは自分の強みや適性を発見したりする。内省や自己分析を繰り返しながら納得感をもって就職や大学院進学といった新たなキャリアを歩んでいくことを目指す。また、PBの在籍期間は各自が自由に決定できるものとする。自分自身が納得のいくキャリアの決定ができ、ベストなタイミングで各々の新たな挑戦を始めることができる。

3.1 PB制度で提供するチャレンジプログラム

 PB制度は新たな世界に飛び込むチャンスを提供する。自分の専門を飛び出して他専門という新たな世界に飛び込む「他専門チャレンジ」、学生としてではなく社会人として扱われるビジネスの世界に挑戦する「ビジネスチャレンジ」、国を越えて全く異なる価値観と触れる「異文化チャレンジ」である。以下、詳細を説明する。

3.1.1 他専門チャレンジ

 学部時代に学んだ専門科目とは異なる専門領域について知ることを目的とする。異なる大学を複数訪問しながら自分の見識は浅いものの興味のある専門領域の講義やゼミを選んで参加していくというものである。例えば、文系の学生がプログラミングやデータサイエンティスト関連の講義を受けたり、理系学生が経営や経済あるいは法律のゼミを受けたりといった具合である。東京医科歯科大学一橋大学東京外国語大学東京工業大学四大学連合で講義の機会を提供している。こうしたプログラムをPBも参加可能にすることで実現できると考えられる。ここで注目すべきなのは大学自体も複数を訪問することである。実体験から、大学も所在地域や扱う専門分野によって学生の雰囲気や考え方は異なる。多様な価値観と多く接点をもつことで自分の価値観を相対化していく。

3.1.2 ビジネスチャレンジ

 就職をする前に実際に働いてみる試みである。企業等が提供している長期インターンを通じてビジネスの実状や、業界の動き、あるいは働くことの意義を見出すことができる。こうした実務経験を積む中で自分の適性が発見できるはずだ。また、インターン先では自分のロールモデルとなる社員と出会う可能性もありキャリア形成の大きな助けともなる。不向きな点が分かったとしてもそれを基に自分のキャリアプランに活かすことができるため収穫となる。企業側としても時間をかけて判断した上で長期インターンに参加したPBにオファーを出せばミスマッチの少ない採用が可能になるはずである。

3.1.3 異文化チャレンジ

 大学4年間では興味がわかなかったり決断できなかったりした留学に挑戦できるのがこの制度である。必修の講義や卒業研究もないので金銭的目処が立った段階、自分に都合の良いタイミングで踏み出すことができる。しかし、多額の出費があるため経済的な制約は大きな障壁になる。そこで国内であっても異文化交流ができるように地域に暮らす外国人や留学生との交流会を設ける必要がある。また、文部科学省が提供するトビタテ!留学JAPANのようなプログラムが利用できることが望ましい。金銭的補助も充実しておりプログラム利用者からは経済的負担を感じずに異文化と触れて学びを得る機会をもつことができたという声も聞いた。こうしたプログラムがPBの活動の可能性を広げることができる。

3.2 キャリアメンター制と人材育成

 キャリアデザインでは納得感を得ていくことが重要である。過去を見つめ直すことで自分自身を知り、現在の自分の考え方や意思に素直に向き合う必要がある。そのためには腰を据えて冷静に自分を分析する時間も不可欠だ。そのサポートのためにキャリアメンター制を整える。キャリアメンターとはPBのキャリア相談に応えるパートナーである。キャリアメンターには多様な人材を揃える。前述のチャレンジプログラムにより企業等とのネットワークが形成され、トビタテ!留学JAPANプログラムのような官民協働の体制が整えば豊富なキャリアを持った人材を集めることができる。例えば、現場の第一線で活躍するビジネスマンや起業家などが考えられる。また、来たる高齢社会において退職後も社会への貢献の場を探す経験豊富なシニア層、PB制度が定着すればこの制度のOBやOGも強力な援助者になる。ただし、このメンター制の趣旨はPBの内省の場の提供であるため一方的にメンターの考え方を押し付けるようであってはならない。メンターの選抜や研修、PBからのフィードバックを通じてメンターの育成も重要となる。

3.3 PB制度を支えるサポートシステム

 金銭的サポートも重要である。公的にPBを学生と扱うことができれば、学部在学時と同様に奨学金や給付金の利用も可能になる。また、PB間の交流を図るコミュニティの構築も重要である。特定の大学に所属しないことで自由な活動ができる反面、安定した人との交流や相談の場が設けにくい懸念があるからである。その結果として情報収集の場も少なくなる恐れもある。そこで、PB間の交流会や留学やワーキングホリデーの案内、長期インターンの斡旋などを集約したWEBサイトの立ち上げが有効であると考える。新たな挑戦を促しその経験によって自身の視野を広げるチャンスを提供する。

4 PB制度の課題と対策

 PB制度導入の課題となるのは社会的な孤立とそれに対する不安である。本稿でアプローチの対象としている流される大学生はそれまでのキャリアで多数派と同じ選択をしてきているものと考えられる。PB制度を導入したとしても全く新しいPBという進路選択をするかは疑問が残る。制度的にはPBの意義や社会的な身分が保証されていたとしても実際の周囲の人間がその存在意義や価値を認めてくれるのか、といった不安を抱えるはずだ。また、PBになったときに就職者や大学院進学者から孤立しないか、PBの中でも孤立しないかといった不安がよぎるはずだ。そうした想定される課題や問題点に対して、インターンやメンター制によって企業を巻き込むことで企業からの理解を得たり、PB内での交流の場やそのインフラを整えたりすることが解決策となるはずだ。
 しかしPB制度に対して、単なるモラトリアムの延長だ、だらしない大学生を増やすだけだ、といった指摘はやはり挙がると思われる。こうした厳しい指摘に対しては時間をかけて実績を残していく必要がある。様々な挑戦や経験を通じてPB一人一人の能力的、精神的成長を促す。PB在学を通じて悩み、考え、行動を起こして挫折や困難を乗り越えながら人間的成長を実現させる。そしてPBを終えて社会に出たときには大きく飛躍する。そうした実績を積み重ねていく必要がある。

5 おわりに

 意思決定には納得感が重要である。PB制度は自分の属する世界を変えながら新たな挑戦を可能にする制度だ。挑戦を通じて得た価値観をキャリアメンターと共有しながらさらに新たな、次の価値観を発見する。こうして納得感をもって自分のキャリア形成をしていく。納得感があれば、自分の思う生き方、大切にしたいことを信じることができる。これまでは流されてきた固定観念やドグマをきっぱりと捨て去ることができる。こうして成長した「流されてきた大学生」が様々な挑戦を繰り返し周囲の人間の世界も変えていく。そんな未来をPB制度は実現できると思う。

 

参考文献
1)2014年大学生の意識調査、全国大学生活協同組合連合会、2015年4月(http://www.univcoop.or.jp/press/mind/report-mind2014.html
2)伊藤茂樹、大学生は「生徒」なのか―大衆教育社会における高等教育の対象―、駒澤大学教育学研究論集第15号、1999年(http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/15869/KJ00005099249.pdf)
3)2017年卒マイナビ大学生就職意識調査、株式会社マイナビ、2016年4月(http://saponet.mynavi.jp/enq_gakusei/ishiki/)
4) 新規学卒者の離職状況、厚生労働省、2015年10月(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11652000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu-Jakunenshakoyoutaisakushitsu/0000102407.pdf)
5) 第8回全国院生生活調査、全国大学生活協同組合連合会、2014年(http://www.univcoop.or.jp/activity/wa-master/wa-master03.html)