過去から現在へ2
僕の生まれた家は静かな町にあった。ちょっとした民家の集まった地域と水田が一面に広がる地域が組み合わさってできたような町だった。田植えの時期には全ての水田に水が張られる。夕日が山に沈むころには張られた水に真っ赤な光が反射してとても美しい景色だった。夜は車が走る音もなく、夏になるとコオロギとカエルの鳴き声だけが響いていた。車で数十分もかかる最寄り駅を走る電車の淡々と走る音が聞こえてくるほど、静かな夜だった。窓を開けて流れるように吹く夜風を浴びながら眠りに落ちていくのが好きだった。
だからと言って、僕の幼少時代が平穏なものであったかと言えば決して違う。
僕が物心がつくころにはすでに歯車が狂っていたみたいだった。
突然その時期はやってくる。
母親はヒステリックな声をあげて叫び、怒りを家庭内でぶちまける。
祖父母はそれに呼応するように声を荒げる。
罵声が飛び交い、僕はその時期になるとひたすらそれらに耐えるしかない。
僕にはどうすることもできないのだ。
僕の生まれた家ではいわゆる嫁姑問題が生じていた。
いつからなのか、どうしてはじまったのかは僕はよく知らない。
どうやら昔、祖母が母をなじるなど、今でいうところのモラハラのようなことをしていたらしい。それに耐えかねて母は祖母や祖父に対して強い不信感と嫌悪感を抱くようになっていき、時折怒りを爆発させるのであった。
経緯はどうであれ、とにかく僕にとっては生まれたときからこうした状況が当たり前のようになっていた。
その時はいつも突然やって来るように思えた。
床が汚れていたり、何かが壊れていたりすると、母は祖父母の仕業に違いないと断罪し、嫌悪感でいっぱいの顔をしてその旨を僕に伝えてきたものだ。
これが前触れだ。
そして祖父母への追求が始まる。
徐々にエスカレートしていき、罵声が飛び交うようになる。
包丁を持ち出すこともあったし、警察が来ることもあった。
父も間に入って止めようとするがもう無理だ。
数時間はこうした交戦状態が続く。
繰り返しこうした争いが起こるので、僕は大人たち、特に母親の顔色や雰囲気に過度に敏感になっていった。
いざ、交戦が始まれば僕はただただ、耐えるしかない。
どうしてこんな怖くて、居場所がなくて、孤独な感情を持たなければならないのかと思った。自分が何か悪いことをしたからなのではないかと何度も疑った。「いい子」にしていようと何度も自分に言い聞かせたしかし、人並み以上に「いい子」だったと思う。
でも何も変わらなかった。
誰も僕のこの気持ちを、悲しさを、無力感に気づいてくれはしないのだと思った。
誰も僕のことなんて気にしていないんだと思った。
僕の気持ちを理解しようとしてくれる人もいないのだろうと思った。
妹がいたが、二人で静かに、耐えるほかなかった。
何とかこんな家を変えてほしいと強く願った。
神様がいるなら助けてほしいと、願った。
寝て起きたら違う家の子どもになっていないだろうかとも思った。
だけど、何一つとして
どんなに待っても
どんなに願っても
変わらなかった。
続く